シラコバト賞!受賞!

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教員になったのは、1975年(昭和50年)でした。
その年の12月になわとびの世界新記録が出ました。
その影響もあって、なわとびを始めました。
1978年(昭和53年)1月に埼玉県なわとび協会を設立し、1978年(昭和53年)12月3日には、第1回埼玉県なわとび選手権大会を川越市市民体育館で開催しました。
「なわとびの埼玉」の誕生です。
また、1979年(昭和54年)9月ごろに、それまで音楽に合わせて跳ぶなわとびの跳び方の「音楽に合わせたなわとび」と言われていたなわとびの跳び方を、「リズムなわとび」と久保田が命名し、同時に商標登録も取得しました。
このように埼玉のなわとび運動を引っ張ってきました。


1981年(昭和56年)7月には、埼玉県教員採用試験の体育実技試験に、なわとびが初登場しました。
試験では、5分間連続とびで、5分間に3回引っかかっていしまうと不合格
という厳しいものでした。
先生方の持久力を調べるというものでした。
現在は行われていません。
また、1981年(昭和56年)11月には、第35回全国レクリエーション埼玉県大会で、レクリエーション大会史上初めてなわとびが登場しました。(川越市市民体育館
大会には三笠宮妃殿下のご臨席を賜り、妃殿下から「埼玉のなわとびは、すごいですね。」というお言葉をいただきました。


こうして、1989年(平成元年)11月に、なわとびの全国への普及の功績が認められ、埼玉県知事より埼玉県なわとび協会理事長の久保田が、「シラコバト賞」の表彰を受けました。
「シラコバト賞」は、埼玉県内で教育や福祉等に貢献した人に与えられる賞です。

その後久保田は、1995年(平成7年)に埼玉県なわとび協会の第2代会長となり、20年間協会の会長職を務めました。
1978年から、2014年までの久保田の活動内容は、次のページをご覧ください。
「埼玉県なわとび協会と日本なわとび協会の活動」

そして、2014年(平成26年)11月3日に埼玉県なわとび協会第2代会長を辞任しました。

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