今月の名句 2020(令和2)年

                                        
今から二十年前の2002年には、たくさんの俳句を読んでいました。

次の年2003年の「小六教育技術」1月号に「カルタで覚える日本の名句」という特集記事を掲載することになっていたからです。

春夏秋冬の名句48句を選んで、カルタ大会をしようという企画でした。

そこで、たくさんの俳句を読んでいました。

その中から、毎月一句を載せていこうと思います。

                                         


2020(令和2)年4月

 「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」

                 山口素堂



新型コロナウイルスの猛威がおさまりません。

中国武漢から広まり、全世界がたいへんなことになっています。

もちろん日本も緊急事態宣言を出し、人の動きを止めています。

いつもの年でしたら、「目には青葉」のすがすがしい季節なのですが、令和2年の今年はとんでもない年になっています。

さて、この句は、青葉、山郭公、初鰹と名詞だけを並べためずらしい句ですが、初夏の句としてとても心地よい響きを持っています。

並べてある名詞は、どれも夏の季語です。

ふつう一句に季語を二つ並べると、「季重なり」といって嫌われるのですが、素堂は夏の風物を三つも並べて読んでこれだけの響きを持たせたのですからたいしたものです。

目(視覚)に見えるのは青葉、耳(聴覚)に聞こえるのはホトトギスの啼き声、口(味覚)で食べるのは初鰹と、人間の五感の内の三つを並べた秀句です。

この句は江戸時代に鎌倉で歌った句のようです。

江戸時代の鎌倉は、鰹の名産地でした。

山口素堂は、松尾芭蕉と同時代の俳人で芭蕉と親交もあり、葛飾蕉門の始祖となった俳人です。

「ほととぎす聞く折にこそ夏山の青葉は花に劣らざりけり」という西行の歌(山家集)など、青葉とほととぎすはたくさん読まれていますが、そこに鰹を加えた奇抜さがとても優れています。


2020(令和2)年3月

 「世の中は 三日見ぬ間に 桜かな」

               大島寥太


新型コロナウイルスが、中国武漢から広まり始めました。

桜というのは日本人のすべてに愛されている花で、3月というと各地から花便りなどが知らされて花見が行われますが、今年はこの新型ウイルスのために花見どころではありません。

わたしも、川越市の喜多院というお寺でよく花見をしましたが、今年はそれどころではありません。

この句は、三日ほど家にこもって、久しぶりに外に出てみると世の中は桜の花盛りになっているという意味ですが、今は、桜が花盛りになっているのに外にも出られないという毎日です。

「世の中」という上五の言葉の出だしはとても難しいと思うのですが、うまくこの言葉を使っています。

古今集の在原業平の「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」という有名な歌がありますが、これを踏まえているのかなと思います。

ソメイヨシノというのは明治時代になって栽培されたそうで、江戸時代に桜というと山桜などのそれ以外のものだそうです。

この俳句は、大島寥太が25歳の時の作品だと伝えられています。

作者の大島寥太(1718〜1787)は、江戸時代中期の俳人で、桜井吏登の弟子で、吏登は服部嵐雪の弟子です。ですから松尾芭蕉のひ孫弟子ということにになります。

この句も「カルタで覚える日本の名句」の中に入れました。



2020(令和2)年2月

 「梅一輪 一輪ほどの あたたかさ」

               服部嵐雪


今では花というと桜の花ですが、梅の花の美しさもまた格別です。

この句も「カルタで覚える日本の名句」の中に入れました。

「梅」とか「暖かさ」というのは「春」の季語だと思うのですが、嵐雪の句の前書に「寒梅」とあるので、カルタの中では冬の句に入れました。

自分の家にも紅梅があるのですが、花が一輪咲くと春の暖かさを感じ、ああもう冬が終わっていくのだなと思います。

また、なんとなく気分が浮き立ってきます。

特に、梅の花の香りもまた格別です。

梅の和歌では、菅原道真の「東風吹かば」の歌が有名ですが、それにも「にほい」が歌われています。

梅林に行くと、梅の香りで胸がいっぱいになります。

桜とは違った美しさがある梅の花です。







2020(令和2)年1月

 「鐘ひとつ 売れぬ日はなし 江戸の春」

                 宝井其角



この句を読んだときには、まずびっくりしました。

ここでの「鐘」というのは、お寺にある「鐘」とのことでした。

お寺の鐘がどのくらいの値段かわかりませんが、たぶん高価でしょうし、鐘は一つのお寺に一つあれば十分でしょう。

その「鐘」が江戸では売れない日が無いというのですから、其角が生きていたころの江戸というのはずいぶん繁栄していたのだなと思いました。

宝井其角(1661〜1707年)は松尾芭蕉の弟子で、徳川家康が江戸時代を開いてから100年後あたりに生きていました。

お寺の鐘が一日一つ売れるというのですから、江戸時代ができた当時は大江戸といわれるように天下一の都だったのがよくわかります。

その江戸時代が260年も続いたのです。

鎖国をしたために独自の江戸文化が発展し、その中でも俳句は独特の文化として発展しました。

あまり叙情性はない句だと思うのですが、
「カルタで覚える日本の名句」の中の春の句の三番目に載せました。