紙の大仏つくり                         ドラえもん校長トップに戻る    トップページに戻る

1981年のサンケイ新聞夕刊第1面です。
後にも先にも新聞の第1面に載ったことはありませんので、この「紙の大仏つくり」の実践は、社会的にもすごいことだったんだなと思います。

歴史認識を実感させた大仏づくり

「やったー。上がった。上がった。」
「今日、初めて上がった大きな大仏様だった。とても大きくて、遠くからみれば見るほどすごいものだった。大仏を見上げると今までの苦労が思い出された。広告集め、のり作り、広告をはる時などは、のりが足についたり、顔を書いたりするときに使ったすみが足についてまっ黒になったりした。でもそんなことなど、大きな大仏を見ると忘れてしまう。大きさだが、私の思っていたのとは全然違って、とても大きくてビックリした。本物は見たことがないので、すごいなあというのがよくわかった。私はこの大仏を作ってみて、昔の人が本物を作るのに、どんなにたいへんかよくわかった。それに私たちは広告だったけれど本物は銅だから、私たち以上に苦労したと思います。」
M子の作文の一部である。
千数百年も前に生きていた人々の生き方や考え方を正しく認識するためにはどうしたらよいのだろうか。
それも小学6年生の子どもたちに、少しでも正しい歴史認識を与えるためにはどうしたらよいのだろうか。
これが、今回社会科の授業で大仏づくりに取り組んだ私の考えである。
「聖武天皇の大仏づくり」の授業が終わった時、Y君が「先生、大仏を作ろう」といったのが、そもそもの発端である。
さっそく大仏製作委員会というのが作られ、どのように作るか検討を始めた。
もちろん最初は、土や紙ねん土でつくろうなどという子どももいたが、作ってつりさげてみようという子の意見で、広告で実物大の大きさをということに落ち着き、広告集めを始めた。
一枚一枚を授業ではるのは大変なので、一人一人八十枚ぐらいを使って四平方メートル大のものを家ではってきて、それを屋上(雨天時は体育館)ではり合わせることにした。
のりは、市販のものではとても足らないので、父母に協力してもらい、のりを作ってもらうことにした。
(これで、のりの作り方を全員の子が始めて知ったようであった。)
こうして、校庭に実物大の大きさを書いて、はり合わせて実物大の大仏を作ったのである。
頭の部分や首などはつり下げることを考え、十枚ばりぐらいになっていた。
線を書くのは、本や資料、写真などを参考にし、すみで顔や体を描き、最後に校長先生に右目を、教頭先生に左目を入れてもらって、開眼し、四階校舎の屋上からつり下げて、その大きさを実感したのである。
つり下げてみて、下から見上げた時、子どもたちから出た言葉は、「大きいんだなあ」の一言であった。
大仏の大きさについては、教科書や資料集でしっかり学習していたにもかかわらず、6年4組児童37名中34名は、自分の想像していた大きさよりも、はるかに大きいと思い、当時の人々はずいぶん大変であったろうなあと感じたようであった。
また、それを人々に造るように命じた聖武天皇の力のすごさも、かなりの子どもが実感として、受けとめていたようである。
子どもたちに正しい歴史認識を持たせるためには、その当時の人々の生き方や考え方を学ばせなければならないことは周知のことである。
資料、文献、写真などを駆使して、出来うる限り、その時代に子どもたちを引っ張り込んでいかなければならないのも当然のことである。
しかし、なかなか正しい社会認識を子どもたちがもってくれないことも、また、事実である。
そんな意味から、奈良の大仏の実物を見た子が、二人しかいない6の4のクラスの子に、実物大の大仏を作って、その大きさを確かめ、奈良時代の人々に思いをはせ、人々の気持ちや行動を実感できたことは、小学校における歴史授業としてはよかったのではないかと思っている。
また、ともすると、中学・高校の薄墨の歴史学習に終わりがちな小学校の歴史学習で、歴史認識を得るためにはどうしたらよいのか、私自身学習できえた、実物大の大仏づくりの授業であったのも事実である。
・参考文献・「奈良の大仏」・香取忠彦著・草思社刊

「月刊歴史教育」1981年10月号に掲載された論文より

久保田の教諭時代の実践です。
1981年に社会科の授業で行った授業です。
6年生を担任した時、「大仏の大きさってどれくらいあるのかな」というので、「みんなで作ってみよう」といって、日本で初めてできた「紙の等身大の大仏」です。
つりさげて下から見上げて、子どもたちと大仏の大きさを実感しました。
そのあと大仏を燃やして、その燃やした灰の一部は桐の箱に入れて、奈良県の東大寺に納めさせていただきました。
またこの写真も、東大寺大仏殿に納めさせていただきました。
納めに行ったときに、東大寺の副管長様から「昔のお経の中に、海岸の砂浜で、砂の上に棒で仏さまの絵を描いた子どもが、仏になったという話があります。あなたも必ず仏さまのようになれますよ。立派なことをしましたね。」とありがたい励ましの言葉をいただきました。
とてもうれしかったです。
この実践を行って、よかったなとしみじみ思いました。
そして、仏にはなれなくても、よい仕事、よい人生を過ごしていこうと決意しました。

校庭に広げるとこんなにも大きいのです。
バスケットボールコートぐらいの広さがあります。
埼玉新聞に掲載さた記事です。

毎日新聞や朝日新聞にも掲載されました。

この実践は、教育同人社の後援の「全国初等教育研究所・第10回教育企画賞」で優良教育企画賞の表彰を受けました。
表彰状と賞金をいただきました。
ありがとうございました。
また、日本テレビの「ズームイン!朝」でも放映されました。
午前7時からの放送でしたが、練習などもあり午前5時ごろから紙の大仏を屋上からつりさげて練習しました。
司会は魁三太郎という人でした。
紙の等身大の大仏には、さすがにびっくりしていました。
テレビの画面が残っていないのが残念です。
日本テレビで放映されたためか、近くの年をとった女の人が、校庭の紙の大仏にお線香をあげに来ました。
これもびっくりしました。
久保田の教諭時代の最大の実践です。

川越市の子ども広報にも掲載されました。


































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