ARABESQUE(アラベスク)との出会い 
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ARABESQUE(アラベスク)との出会いが、「リズムなわとび」を続ける原動力になりました。

 1980年春、アラベスクの新曲「HIGH LIFE](ハイライフ)がリリースされました。
 当時、「リズムなわとび」の新曲が作れなくて困っていたときに、この「ハイライフ」と出会うことが出来ました。
 この出会いが、その後の、なわとび活動に大きく貢献してくれました。
 この「ハイライフ」で私は、「誰でも楽しく跳べるリズムなわとび」を作ることが出来たのです。
画期的なことでした。

 HとLの人文字を考え出したときは、ヤングマンのリズムなわとびを考えたとき以上に、興奮しました。
 その後、10年間以上にわたってこの「ハイライフ」を跳びつづけることになりました。












アラベスクは、「ハロー・ミスター・モンキー」で、1978年春にデビューしました。
メンバーは、メリー・アン、ミカエラ・ローズ、カレン・アンの3人グループです。
ドイツ人のメリー、メキシコ人のミカエラ、そしてイギリス人のカレンの3人です。
そして、この「ハロー・ミスター・モンキー」が、超大ブレークしたのです。
しかし、この「ハロー・ミスター・モンキー」では、リズムなわとびを作ることは出来ませんでした。

      

「ハロー・ミスター・モンキー」の超特大ヒットのあと、アラベスクは、「フライディ・ナイト」という大ヒット曲を出しました。
しかしこの「フライディ・ナイト」でも、リズムなわとびは作れませんでした。
そして、アラベスクの放った第3弾が、「フライ・ハイ」です。
1978年の冬のことです。
私はこの「フライ・ハイ」で、ようやくリズムなわとびを作ることが出来ました。
しかし、作ってはみたものの「誰でも楽しく跳ぶことが出来るリズムなわとび」には程遠いものでした。。


1979年には、アラベスクは、「ペパーミント・ジャック」という大ヒット曲を出したのですが、この「ペパーミント・ジャック」でも、とうとうリズムなわとびは作れませんでした。
そして、一年後の1980年3月、「ハイ・ライフ」が発売され、大ヒットしたのです。
「ハイ・ライフ」は、「誰でも楽しくリズムなわとびが跳べる」という、私のリズムなわとび大衆化にぴったりの曲になりました。
こうして「ハイ・ライフ」と「ヤングマン(Y・M・C・A)」の2曲のリズムなわとびは、広まっていきました。

次の大ヒットが、1980年の「さわやかメイク・ラブ」です。
でも、もうリズムなわとびを作るためではなく、アラベスクのファンとしてこの曲は聞いていました。
とても素敵な曲でした。
また、「恋にメリーゴーランド」や「ペパーミント・ジャック」も大ブレイクしました。
1981年は、大ヒットした曲が3曲もあります。まずこの「ミッドナイトダンサー」です。


「ビリーズ・バーベキュー」と「幸せのジャックポット」も、1981年の大ヒットでした。
アラベスクは、レコードを出せば、すべてヒットするというポップスの女王になっていました。

    

1983年のシングルです。
「DANCE DANCE DANCE」という、軽快な曲が、出ました。
久しぶりに、アラベスクのこの曲で、リズムダンスを作りました。
夏のリズムダンス講習会などで、全国の先生方に講習をしました。

1984年には、「ハート・オン・ファイア」が、ヒットしました。

1985年には、「恋はナイト・アンド・デイ」が大ヒットしました。

1978年にデビュウしてから8年間、シングルを30枚出したアラベスク。
セクシーで、キュートなアラベスク。
アラベスクと出会えて本当によかったです。

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